第4回 珈琲Basic Knowledge

弾ける焙煎 ….. 吹き出すアロマ….. その先にサイレンスの時が訪れる…..

=MAGAZINE= 珈琲ブレークサイト

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1. コーヒーの歴史【4】一味違う珈琲伝播〈1〉

Caffe「皆様、キャラクターのCaffe(カフェ)です」。「今回第4回からは『一味違う珈琲伝播〈1〉』『イスラーム教とコーヒー(1)~イスラーム教創始者誕生 ~ 』をお伝えします」。「さて、前回のMochaちゃんがご案内した『アビシニアの山羊飼いカルディ伝説3/3』は、キリスト教においてコーヒーが秘薬として登場しキリスト教徒によって広まったストーリーとなっていましたね」。「アビシニアの山羊飼いカルディが、山羊が薮赤い実を食べると夜遅くまで騒ぎ眠らないなどの異変に気付き修道院を訪ね相談します」。「道院院長はあぶり煮立て夜の礼拝で修道士に飲ませると居眠りをする者はいなくなり、これが噂になり『眠らない修道院』として国中で話題になり、多くの人がこの赤いみを欲しがり、国中に広まりましたという話でしたね」。「本日は皆様を『イスラーム教創始者誕生』へご案内申し上げます ワン」

イスラーム教徒とコーヒー(1) 〜 イスラーム教創始者誕生 〜 』

6世紀ごろ、アラビア半島の西部にある砂漠地帯に、水が沸く緑地に多数の部族で構成され、遊牧と中継貿易で繁栄するオアシス都市があった。570年頃、青年アブドゥッラーと乙女アーミナは、そのオアシス都市マッカ(以後、メッカと呼称)で出会った。アブドゥッラーの父は名門のハーシム家の出身でカアバ神殿の奉仕者で香料や絹などの貿易をしていました。アーミナはワッハーブ家出身で父親はカアバ神殿の維持管理を担当する管理職もあり商人でした。そんな環境で育った二人は出会って間もなく相思相愛となり、やがて赤ちゃんを授かり、満ち足りた日々を送っていた。

ある日アーミナは、アブドゥッラーが、そろそろキャラバン隊での出張中から帰ってくる頃だと恋焦がれていた。そんなアーミナの所に、突然見知らぬ男性が訪れ「アブドゥッラーが病に倒れなくなり、死者アブドゥッラーの亡骸は儀式に則り手厚く埋葬された」と訃報に接するものだった。最愛なる相手を亡くしたアーミナは、予期せぬ突然の訃報は受け入れがたく打ち拉がれ、忽然と魂が抜け長い間、涙に暮れる日々を過ごしていた。

ある日、アーミナは日々成長するお腹の中の子供に勇気づけられ、確り生きることを決意します。そして最愛のアブドゥッラーの子供をメッカで無事出産します。アーミナは、アブドゥッラーの父親アブドゥル・ムッタリブに会い、アブドゥッラーの子として認知してもらいました。アブドゥッラーの父親は生まてくる孫に、賞賛される者の意味のムハンマドと名付けた。

母一人子一人のムハンマドに、商人として生計を立てていた母親が病床に倒れ亡くなるという悲劇が再び襲います。6歳で孤児となったムハンマドは、商人をしている叔父のアブー・ターリブのところで商いを手伝い、立派な優れた商人と成長していきます。そのムハンマドが25歳の時、ムハンマドの才を見初めた15歳年上で2人の夫を病で亡くした豪商の女主人40歳から求愛される。

ムハンマドは年の差をものともせずに結婚を承諾します。ムハンマド初婚、ハディージャ3回目の結婚生活は、ムハンマドが生まれて味わったことのない家庭の温かさを、初めて実感できる心穏やかなものでした。ムハンマドは一夫多妻制の中で他の女性には脇目もふらずハディージャを愛して、2男4女の6人の子の父親として子供たちを慈しみ、穏やに至福の時を過ごして行く。

7世紀、ムハンマドは40歳の頃から、メッカ社会の現状を嘆き悲しみ、しばらくメッカ市内の中心から5キロメートルほど離れたヒラー山に籠って瞑想をするようになりました。そして610年のある日、そこにあるヒラー洞窟で瞑想していると、突然目の前に天使ジブリール(ガブリエル)が現れ「唯一神はアッラーである」などの啓示を受けます。それ以来、イスラーム教の創始者ムハンマドとして、また、商人として妻のバディージャとともに新たなスタートを切ることとなりました。

《MEMO》▶︎1世紀(いっせいき)西暦1年から西暦100年までの100年間。参考、2世紀は西暦201年から300年までの100年間。▶︎啓示(けいじ)神が教え示すこと。▶︎イスラーム教徒(イスラームきょうと)ムスリムの呼称。▶︎アラビア半島(アラビアはんとう)西アジア南西の世界最大の半島。西のイラク、南のエジプトと接してアジアとアフリカをつなぐ重要な半島。アラビア半島の面積は日本の面積の約8.5倍。約80%が砂漠地帯と言われている。①サウジアラビア(リヤド)、②クエート(クエート市)、③バーレーン(マナーマ)、④カタール(ドーハ)、⑤アラブ首長国連邦(アブダビ)、⑥オマーン(マスカット)、⑦イエメン(サヌア)と、7つの国で形成されている。全てイスラーム教ですが、③のバーレーンでは主にスンニ派2/3とシーア派1/3の両方が信仰されており、⑥のオマーンでは主にイバード派が信仰されている。その他の国々はでは主にスンニ派が信仰されている。よって、スンナ派が多数派で、その他シーア派やイバード派などが存在していある。 ▶︎マッカ(Mecca)現在のメッカ=Makkahでアラビア半島のサウジアラビアの西部に位置するオアシス都市で、イスラーム教の聖地。▶︎オアシス(oasis)は、砂漠など乾燥地域における緑地。▶︎オアシス都市(oasisとし)砂漠地帯のオアシスに形成されたみやこ(中心地)。▶︎カーバ神殿(カアバしんでん)イスラーム前の時代からアラブの宗教の一中心で、多くの神々が祀られていた。現在はイスラームにおける最高の聖地とみなされている聖殿。▶︎叔父(おじ)父母の男の弟。▶︎キャラバン(caravan)隊を組んで砂漠を行く商人の一団のことである。▶︎ヒラー山(ヒラーやま)サウジアラビアのメッカの郊外、北東約5キロメートルの地点にそびえる岩山。▶︎ ヒラー洞窟(ヒラーどうくつ)ヒラー山の頂上の南西側にあるほらあな。▶︎瞑想(めいそう)心を静めて神に祈ること。心を静めて無心になること。無心になり想念(心の中に浮かぶ考え)を集中させる。▶︎想念(そうねん)心の中に浮かぶ考え。▶︎啓示(けいじ)人の力では知り得ないことを神が教え示すこと。(広辞苑etc.)

《ONE POINT》▶︎570年頃、青年アブドゥッラーと乙女アーミナはメッカで出会い相思相愛となり、可愛い赤ちゃんを授かった。▶︎ある日、アーミナは「アブドゥッラーが亡くなり埋葬された」と訃報に接する。▶︎アーミナはその子を出産し、アブドゥッラーの父親に会い、その子の名前を賞賛される者の意味の『ムハンマド』と名付ける。▶︎ムハンマドは6歳で孤児となり、叔父のところで成長し、25歳で15歳年上の豪商の女主人ハディージャと結婚し6人の子と幸せに暮らす。610年40歳の頃から社会の現状を嘆き悲しみヒラー山に篭ります。その洞窟で瞑想していると突然目の前に天使が現れ「唯一神はアッラーである」との啓示を受け、イスラーム教の創始者として新たにスタートを切ることとなった。

Caffe「皆様、如何でしたか、『 イスラーム教徒とコーヒー (1)~ イスラーム教創始者誕生 ~ 』は、コーヒーのコの字も出てまいりませんでしたね」。「『詐欺師』、『真面目にやれ』、『確りしろ』などのお叱りが聞こえてきますが、ごもっともなご意見だと思います」。「皆さん、焦らずに、焦らずに、歩みを進めましょう」。「コーヒー文化の伝播は、570年頃の青年アブドゥッラーと乙女アミナの相思相愛で授かったアフマド後の、イスラーム教の創始者ムハンマドが礎になっていると=Magazine= Coffee Lesson Homeは信念を持っているからです」。「CaffeもMochaもこの解明の冒険の旅に船出いたしました」。「すでに皆様も、乗船しております」。「次回、第5回は4月28日(金)『イスラーム教とコーヒー(2) ~イスラーム教創始者の試練 ~』が掲載予定となっております」。「おいおい、コーヒー伝播のその一端が明らかになります。乞うご期待です」。「それでは皆様、 Have a wonderful time~」

(文・写真 H.kobayashi)

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