第4回 インタビューVisit 中 野  成 将 氏(1)

歌手・作曲家 中 野  成 将 氏(1)

2023年9月28日、第4回 インタビューVisit取材のため、車で中央自動車道一宮御坂インターチェンジの脇を通り過ぎる。しばらく走行して山梨市駅の跨線橋を渡り万力公園前を通り過ぎ、ほどなくしてフルーツライン入口を一気に上がる。インターチェンジ脇から約30分で、山梨県笛吹川フルーツ公園内にある取材場所の『フルーツパーク富士屋ホテル』に到着した。

駐車場に車を置き、足早に南欧風のゲートをくぐり抜ける。すると、中庭に佇むチャペルシエラの前にあるテラスに置かれたテーブル群の中で、今回のゲスト中野成将さんがスマホを見て寛いでいる。

「中野さん、お待たせいたしました」と声をかけると、「あ、小林さん。ここは風が通り抜けて心地良いですよ。それに、ここはロケーションも良くて最高ですね」と、立ち上がり世界遺産の霊峰富士を中央に据え、黒岳(くろたけ)・釈迦ヶ岳(しゃかがたけ)・節刀ヶ岳(せっとうがたけ)などの山並みの大パノラマを指差す。

テラスの傍から斜め下を見ると、3棟の近未来のドームが一際目立つ。その先には甲府盆地が深く沈み右に帯状に長く広がっている。

心地よい風と優美な光景に魅了され、「中野さん、藤原稔カメラマンさんが来られるまで時間がありますから、ホテルの中でなくてここで待ちましょうか」と、失礼して中野さんと同じテーブルに腰掛けた。

10月になるというのに酷暑が続きうんざりしていた。この、丘の上のリゾートホテルには時折、我々のテーブルをほのかに秋の香りを乗せた風が爽やかに吹き抜け、中庭の噴水越しに見える南欧風の本館建物へと抜けて行く。約束の時間に藤原カメラマンさんも合流し、ホテル内の西欧料理 ラ・コリーナでインタビューに臨んだ。

小 林「『萌木の村 森のコンサート』は、パンフレットの『自然の韻(うた)が聴こえてくる』、『耳馴染みのあるクラシック音楽や映画音楽、Popソングを自然と共にお楽しみください』というふれこみ通り、大音量で自然の音を掻き消すことはない。時折、聞こえる鳥の囀りなどがコンサートに溶け込んで素敵でした。こうした発想は、実に中野さんらしいコンサートだなと思いました」

小 林「また、みんなでユニゾンした『カントリー・ロード』は、外人の方も観客にいたのでアメリカの西部開拓を連想しましたが、途中で清里開拓の功労者で『清里の父』と呼称されるポール・ラッシュ博士の開拓史や”Do your best and it must be first class”(全力を尽くすこと、それは超一流のものになる)などが頭の中で錯綜して、私にとって意味深いものとなりました」

「コンサート終了後には、妻と広場を散策して萌木の村ROCKでビーフカレーを食べて帰路に着きました。約15年ぶりに清里を満喫でき最高でしたよ」

小 林「中野さんは、いつ頃から音楽家を目指したんですか」

小 林「東京からわざわざ山梨へ」

小 林「山梨県のベストナインに選ばれたことは、中野さんは甲子園に行ったと同じ評価をいただいたという証ですね」

小 林「名将 鈴木監督指導のもとで3年間野球に熱中し続け、3年次には1番センターで山梨県のベストナインに選ばれたものの、甲子園とプロの道は閉ざされたわけですか」。「実に厳しい現実ですね、…..」

小 林「高校野球は夏の大会が終わると3年生は引退になりますね。進路はどのようになりましたか」

小 林「そういえば確か、GUNSHY当時のプロフィールに母親の勧めで『幼い頃(5歳)にバイオリン、以後、フルート、サックス、ギター、ピアノなど習うがあまり熱中せず、中学の時にビリー・ジョエルのモノマネで歌うことに目覚める』とありましたが、曲目は何でしたか」

小 林「1978年リリースで、『ニューヨーク52番街』に収録され、翌年に第3弾シングルとしてリリースされたバラードですね。よくカーラジオなどで流れていましたね。甘く切ない哀愁に満ちた歌だなと聴き入っていましたね」 

小 林「そう、当時ネッスル チョコホットのテレビCMのBGMで流れていたので、日本人には馴染みがある曲ですよ。それからカーラジオではよくリクエストなどで流れていましたからね。強烈に覚えていますよ」

小 林「確か、私が25歳か26歳ですよ。え、約45年前ですか。すると中野さんが生まれる前の曲ですよね」

小 林「その当時の生まれの人は、どう考えても1992年の映画『ボディガード』の主題歌でホイットニー・ヒューストンのオール ウェイズ・ラヴ・ユーや、1993年リリースのマライヤ・キャリーのヒーロー。マイケルジャクソンなどでしょう」

小 林「一般家庭に1か月間生活しての滞在ですか」

小 林「言うに及ばず、中野さんの母親の愛情と教育があっての事が前提となりますね」

小 林「るる話をお伺いしましたが、家庭教師の鶴田先生が中野さんの隠れた才能を覚醒させましたね」。「音楽が好きな生徒に、英語学習の向上にと洋楽のCDを与え続けた。生徒はビリー・ジョエルのオネスティーに夢中になり、すると生徒は歌に芽生えると同時にネイティブな英語学習にも夢中になった」

小 林「先生は生徒に、点取学習に合わせて、真の学ぶ楽しさを与え、後の人生の選択肢を与えてくださった」。「本当に良い先生に巡り会えましたね。今となっては中野さんの人生の岐路の恩人ですね」

小 林「それで、進路はどのようになりましたか」

小 林「それで、…..」

小 林「音大受験は、学科試験、面接試験、それに選考実技がありますよね」

小 林「受験結果は、どうでしたか」

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